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●源範頼 みなもとののりより

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 ?〜1193(?〜建久4)平安末・鎌倉初期の武将。源義朝の子。源頼朝の弟。母は遠江国池田宿の遊女。遠江国蒲御厨(かまのみくりや)で生まれ蒲冠者と称した。三河守・従五位下。兄頼朝の挙兵後,1181年(治承5)閏2月鎌倉に入った頼朝の許に馳せ参じた。以後弟義経とともに頼朝の代官として平氏との合戦に活躍した。1183年(寿永2)12月,木曽義仲討伐のため義経とともに上洛,翌年義仲の軍を撃破して入京,近江国粟津で義仲を誅した。そののち西走した平氏を追って一の谷・山陽道・九州などに転戦して,平氏追討に貢献した。平氏滅亡後九州を管領していたが,後白河法皇の要求によって解任され鎌倉に帰った。以後兄頼朝の側近として過ごすことになったが,1193年(建久4)8月頼朝から異心があると疑われたため,起請文を提出して弁明したが許されず伊豆国修善寺に幽閉され後に殺された。