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●源師房 みなもとのもろふさ

アジア 日本 AD1010 平安時代

 1010〜1077(寛弘7〜承暦1)平安後期の公卿。父は村上天皇皇子中務卿具平親王,母は同天皇皇子式部卿為平親王の女。本名は資定。関白藤原頼通の猶子となったが,1020年(寛仁4)従四位下に叙せられ,源朝臣の姓を与えられて師房と改名。1024年(万寿1)従三位,右中将。その後権中納言権大納言を経て,1065年(治暦1)内大臣に昇進,1069年(延久1)後三条天皇が即位すると右大臣に転じ,藤原氏覇権の一角に村上源氏がくい込んだ。白河天皇即位で従一位に叙せられ,皇太子傅を兼ねた。1077年(承暦1)病気により官職を辞したが許されず,太政大臣に任じられたが即日死去した。享年70歳,68歳,77歳とも伝えられ,土御門右大臣・久我右大臣と呼ばれた。政治的には院政と村上源氏とが結合する端緒となった人物であるが,博学で文才があり,和歌は『後拾遺集』『金葉集』『千載集』などに載せられ,著作には『叙位除目鈔』,日記には『土有記』がある。