●源経基 みなもとのつねもと
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?〜961(応和1)平安中期の武将。清和源氏の祖。六孫王と称す。清和天皇第6皇子貞純親王の長子で,母は右大臣源能有の娘。承平年間(931〜937)武蔵介としての在任中,足立郡司武蔵武芝と争い平将門の調停を受けたが,経基は朝廷に将門の謀反を奏上した。その功により940年(天慶3)従五位下に叙せられ,征東大将軍藤原忠文に従い将門追討のために東下したが,将門の死により中途帰京した。941年に追捕凶賊使となり,西の藤原純友に対し追捕使小野好古の次官として下向し,純友の敗死後,残党の桑原生行を捕えるなどして瀬戸内地域に源氏の勢力を扶植した。その後,武蔵・筑前・但馬・伊予などの守を歴任したのち鎮守府将軍となった。45歳で没したという説もある。
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