50音順    検 索

●源為憲 みなもとのためのり

アジア 日本 AD 

 ?〜1011(?〜寛弘8)平安中期の学者・詩人。光孝源氏是恒親王流。筑前守忠幹の子。源順に師事して詩文を学ぶ。順はその臨終に際し,高弟の橘正道ではなく為憲に家集を授けた。文章生に挙げられ,蔵人・三河権守,遠江・美濃・加賀などの国守を歴任した。遠江守のとき撫民政策を行い,疲弊していた国内の作田を復興,任中に収量を3倍にして功により従五位に叙されたという。999年(長保1)美濃守のとき一時国務を停められたが,これは同国で藤原宗忠による橘惟頼殺害事件が起きたためである。詩文に長じ,一条天皇がその詩に感じて自作と称したとも伝えられ,藤原為睦とともに“元白の再誕”と言われた。984年(永観2),冷泉天皇の皇女尊子内親王の仏門生活の伴侶として『三宝絵詞』を撰進したほか,『円融院印受戒記』『口遊』『世俗諺文』『本朝詞林』などを撰した。『為憲集』は名のみで伝わらないが,その詩は『本朝文粋』『和漢朗詠集』に収められ,歌は『拾遺和歌集』『天祿歌合』に見えている。