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●源高明 みなもとのたかあきら

アジア 日本 AD914 平安時代

914〜982(延喜14〜天元3)平安時代中期の公卿。醍醐天皇の皇子、母は源周子。西宮左大臣の名あり、醍醐源氏の祖である。918年(延喜18)、従4位上に叙せられ臣籍降下した。932年(承平2)、正4位下に昇殿している。935年(承平5)、大蔵卿・備前権守、941年(天慶4)、右衛門督945年讃岐守、946年、従3位、947年(天暦1)、権中納言右衛門督、948年中納言、949年検非違使別当、953年大納言、955年正3位、958年(天徳2)按察使ついで中宮大夫、961年(応和1)従2位、965年(康保2)右近衛大将、966年右大臣、967年(康和4)左大臣となり輦車を許可されている。安和の変で娘が妃となった具平親王が皇太子とならず失望し、その巻き返しで現状不満派と結びついたので、高明らは多田源氏満仲に嫌疑をかけられ、失脚した。高明は大宰員外帥として左遷されたが、出家して京都へとどまることも許されなかった。971年(天禄2)、召還をうけ帰洛、のち封戸を与えられ隠居する。政治上では志を得なかった。朝儀に深く通じ、その著『西宮記』は平安時代以降朝廷の公事典礼の典型となった。