●水俣病 みなまたびょう
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1953年(昭和28)から1960年にかけて,熊本県水俣湾周辺で発生した有機水銀中毒症。水俣湾でとれた魚介類を食べた人の神経が冒され,四肢まひや言語障害がおこり,目や耳の機能も失われる。猫が発病すると逆立ちして歩き,ついには狂って海に飛び込むという。地元でははじめハイカラ病,よいよい病などと呼んでいた。1983年末までに2,653人が水俣病として認定され,730人が死亡している。その被害の大きさ,高い死亡率,重い後遺症などで社会的影響は大きく,日本の公害史上特筆さるべき事件である。1956年,熊本大学医学部は,原因は水俣市にある日本窒素(株)水俣工場の廃水中に含まれる有機水銀が魚類を介して人体に入り,中毒をおこしたものと結論した。1965年には新潟県阿賀野川下流に,同じ有機水銀による第2の水俣病が発生,政府は1968年になって,ようやく公害病と認定。水俣病を忘れないため,「チッソ水俣病」と呼ぶこととした。