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●港町 みなとまち

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 海岸・湖岸・可航河岸の沿岸など,舟運(水上交通)の拠点に成立した市街の総称。一般の通称ではその小規模な市街を港町,大規模で近代的港湾施設を有するものを港湾都市という。水陸交通の要地で市場(流通)機能を有するから,広い後背地域をひかえた河口付近に成立する市街や政治中心地の外港などのなかには,発展の著しい事例が多い。

【港町の立地条件】一般に港町が成立するのは広域的舟運展開の時代になってからで,局地的舟運の段階ではごく少数の特定港津だけに限られる。帆舟時代には湾内,砂浜海岸や河口付近(潮入川では感潮限界付近),風待・潮待に便利な海峡・岬・半島あるいは航路沿いの島などの港津に市街を形成し,可航河川沿いでは河口付近のほか舟荷積かえの仲継地点,陸路と交叉する渡場,遡航終点なども物資・旅客の集散が盛んで市街が成立した事例が多い。港町の盛衰は舟運の技術的水準如何に左右されやすく,帆船時代でも沿岸航路(地乗り)から外洋航路(沖乗り)への変化,帆船規模の大小などから淘汰され,津波・洪水・地震・火山爆発あるいは干潟の成長などで衰微した港町も少なくない。汽船時代になると人工の港湾施設が大規模になり,陸上交通の便も多い港町だけが港湾都市へと発展し,帆船時代の著名港の大半は一般の漁村と大差ないほどに衰微してしまった。可航河川沿いの河港のなかにも近代交通(鉄道その他)の便を欠くと,昔時の面影だけを残すだけの市街が少なくない。

【地名の特色】明治以前は地名の末尾に港・湊・津・泊・浦・浜などがついた港町が全国的にみられたものである。河川沿いの港は河岸と呼ばれたものが多いが,濃尾平野以西,ことに関西では地名の末尾に浜をつけるのが通例である。

【古代・中世の港町】古代には半島や大陸など海外交渉の拠点となった博多津,奈良・京都の外港とされた木津・大津・山崎・灘波津(大阪)など以外は,港津に市街成立という事例は不明である。11〜12世紀になると記録に残るその他の港町も出現し,ことに全国的に荘園がみられる14〜15世紀からは国府の外港(国府津)以外にも,荘園からの貢租集散の港が増加するようになる。各地の主要な港には商品流通を独占し倉庫と輸送を支配する問丸,高利貸の土倉をはじめ陸運の車力や水運の梶取などの運送業者,各種の商人や職人さらには遊女までも集住して市街が成立した。瀬戸内の堺・尼ケ崎・兵庫・尾道・鞆・室積・赤間関,太平洋岸では品川・神奈川・六浦・沼津・江尻・三河大浜・桑名・大湊・浦戸・坊津,日本海側では津軽の十三湊・酒田・蒲原津・直江津・七尾・三国湊・敦賀・小浜・美保関・宇龍などが著名である。内陸水路では琵琶湖岸の海津・今津・長浜・八幡・舟木・朝妻・大津,淀川水系の桂・鳥羽・木津・淀・宇治・椋橋などの地名があげられる。これら港町のなかには有力商人が中心となって自治体制を実現し,戦国争乱期になると環濠都市の景観を呈した例さえある。

【近世】戦国の領国大名はいずれも領国の経済的充実をめざして国内の港町の整備につとめ諸国商人の往来を歓迎した。幕藩体制下でもこの動向が一層進展し,各藩ともに城下やその外港の港湾施設の整備を進め全国的な港町の一大発展期となった。幕府も御城米輸送を主眼に西廻り・東廻り航路を開発し,主要港津を幕府直轄の天領とした。内陸にある城下町もその多くは可航水路沿いか遡航終点近くに成立し,城下の一部に河港の特色をもつ街区が形成された。全国的な汽船定期航路開発前夜における主要な港町としては,北海道の小樽・函館・室蘭・釧路・苫小牧,東北の青森・鮫・宮古・石巻・土崎・酒田,関東の銚子・品川・神奈川・横須賀・浦賀・田子ノ浦,北陸の新潟・直江津・伏木・三国・敦賀・小浜,東海の清水・桑名・四日市,瀬戸内の堺・大坂・兵庫・飾磨・西大寺・玉島・尾道・広島・呉・赤間関・八幡浜・今治・撫養,土佐の浦戸,九州では博多・長崎・佐世保・若津・百貫石・鹿児島・名瀬などがあげられる。