●ミッレト制 ミッレトせい
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オスマン帝国における非ムスリム宗教共同体制度。イスラーム法による国家体制を築くオスマン帝国は,帝国内の非ムスリムに対し,自己の宗教・伝統・習慣などを維持するため,各宗派別に大幅な自治権をもつミッレトを認めた。ミッレトには,責任者のミッレト=バシのもとに秩序の維持,貢納などの義務が負わされた。制度としては,ササン朝ペルシアがネストリウス派キリスト教徒に対して適用したものを先例としたといわれる。オスマン帝国内には,ギリシア正教会,アルメニア教会,ユダヤ教にもとづく3大ミッレトがあった。ギリシア正教会には,ブルガリア人,セルビア人,アルバニア人も編入されていたが,ギリシア人支配に反発し,新しい教会設立運動も展開され,ブルガリア正教会が分離した。オスマン帝国が衰退すると,ミッレトは,民族運動の中心となり,民族・国家との意味をもつようになった。