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●三鷹事件 みたかじけん

アジア 日本 AD1949 昭和

 国鉄当局が第2次人員整理6万3,000人の通告を開始した翌々日,1949年(昭和24)7月15日夜9時23分ごろ,国電中央線三鷹駅構内(現東京都三鷹市)で7両編成の無人電車が暴走,駅前の民家に突入した事件。車両の下敷になった通行人6人が即死,20余人が重軽傷を負った。翌日,吉田茂首相は,無人電車の暴走は共産党の行為と断定する声明を発表した。新聞やラジオもこの吉田声明にそった報道を大々的に行い,国鉄労働組合の人員整理反対闘争に,下山事件とともに決定的な打撃を与えた。国鉄労働組合員9人が逮捕され,東京地裁1審判決(1950年8月)は共同謀議を否定,単独犯行として非共産党員竹内景助に無期刑を課した。東京高裁2審判決(1951年3月)も1審判決を支持し,竹内を死刑とした。1955年6月最高裁は上告を棄却し,竹内の死刑が確定したが,竹内は1967年1月獄死。被告の犯行とする物的証拠は皆無で,竹内単独犯行説も疑問に満ちている。