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●屯田 みた

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 大化前代における皇室の直轄領。大和国家の国制発展の過程で,経済的,また軍事的基礎として,一定の土地(水田),領域の占有および支配のために設定されたもので,朝廷の直轄領である屯倉(みやけ)の原型とされている。『日本書紀』の仁徳天皇即位前紀に〈凡そ倭(やまと)の屯田は,毎(つね)に御宇帝皇の屯田なり〉(原漢文)と,屯田の一例があげられているように,おそらくは近畿地方を中心に皇室が開発,屯田司(みたのつかさ)などを派遣して農民の耕作を管理させていたのであろう。大化改新に始まる律令制の導入のなかで,このような皇室の財産的存在であった屯田が,天皇供御田として再編されることになる。それが大宝田令にみられる“屯田”であり,養老田令にみえる“官田”である。令の規定によれば,これらは大和・摂津に各々30町,河内・山背に各々20町設置された不輸租田で,宮内省の管轄であり,田司(大宝令では屯司)が派遣されて管理にあてられていた。