●味噌・醤油 みそ・しょうゆ
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味噌も醤油も中国から渡来したものであるが,いまでは日本特産の調味料である。味噌は大豆に米・麦・大豆などの麹(こうじ)と塩を混合して熟成させた食品で,特有な香気と,コロイドによる吸着性が強く,肉や魚のくさみを抜くためにも用いられる。醤油は小麦と大豆を原料としてつくった醤油麹に食塩水を加えて発酵させて絞った黒茶色の液体で,特有の風味があり,調味料として味をととのえるとともに,味噌と同様に肉や魚のくさみをとる働きがある。味噌も醤油も米食の調味料として優れ,日本人の食生活に欠かすことができないものである。【味噌】味噌の前身であるクキ※注1※(くき)とは,大豆を原料とした食品で味噌・納豆のようなものであって前200年ごろ,古代中国でつくられたものといわれ,日本では701年(大宝1)には調味料を専門に扱う役所“醤院の制”があり,必需品であった。のちに兵食として研究され,室町時代には庶民のあいだにも常食として普及している。江戸末期には家内工業的につくられるようになり,こんにちではその種類が数百種もある。味噌汁は応仁の乱(1460)につくられたのが最初だといわれる。味噌は原料別によって米味噌,麦味噌,豆味噌に区別される。また食塩の量により甘味噌,辛味噌,色により白味噌,赤味噌に分けられる。さらに産地によって西京味噌,尾張味噌,三河味噌,江戸味噌,信州味噌,佐渡味噌,仙台味噌,津軽味噌など多種に分けられる。明治以後味噌づくりは工業化され工場でつくられるようになったが,東北地方の農村では最近まで自家製の家もあった。原料大豆も自家栽培していた。青森県下北半島にある脇野沢村は漁村であるが,味噌づくりは村の共同作業で行い,春こぶしの花が咲くころ村中でいっせいに味噌用大豆の煮豆づくりをする。大豆は直径1mもの大釜で煮て,4斗樽に入れ,味噌踏みつまご(わらぐつ)を履いて,踏みつぶす。それを手で丸めて味噌玉をつくり,わらで括って軒下や室内の天井に吊し,乾燥させる。20日から1カ月で乾燥し,ひび割れしてカビが生えたときにはずして,1日半水に浸す。それを臼で搗いて水と塩と麹を入れて樽に仕込む。3年くらい置いたものが味がよい。味噌には澱粉・蛋白質・脂肪などが多種の酵素で分解されてできたアミノ酸,脂肪酸,アルコール,エステル,乳酸,酢酸が含まれている。
【醤油】現在の醤油の原形のようなものは古くからつくられていたが,1228年,中国から技術が導入された。弥生時代に農業を営み,穀物を主食にするようになってから,塩分の不足を補うために製塩法が発達した。醤油づくりは最初塩に魚貝類を加えて放置し,魚醤をつくっていたが,のちに大豆と小麦を用い,液体を絞って使うようになった。室町中期ころから醤油というようになり,関西に発達し,江戸中期ころになって関東でもつくられるようになった。醤油は製法と品質の違いで濃口醤油,薄口醤油,溜り醤油,甘藷醤油,アミノ酸醤油などに区別される。醤油は伝統的な製法によってつくられてきた。原料の大豆を十分に蒸し,砕いた小麦と種麹を加えて麹室(こうじむろ)で菌を繁殖させ,食塩水と混ぜてタンクに仕込み熟成させる。これをもろみといい,約1年ほど置く。このあいだに醤油独特の色・味・香が出る。これを絞って殺菌してつくる。醤油も自家醸造されていた。下北半島では魚に塩を入れて煮詰め,その汁を醤油代わりに使ったというから,まったく古い時代の製法がそのまま行われていたのである。また味噌のなかに竹籠を入れ,そこに溜った液を醤油として使う溜り醤油も使われている。これは現在でも愛知・三重・岐阜地方などで使っている。醤油はほとんどの日本料理の味付けに使われる。また食卓にも御下地(おしたじ),むらさきなどといって一日も欠かせないもので,西洋料理の塩・胡椒に相当する。色と香りを大切にするので長い加熱はさける。味噌も醤油も米食,魚料理に欠かすことができないものであるが,近年は食生活の洋風化に伴って,その消費量はほとんど伸びていない。
〔参考文献〕井上吉之監修『日本食品事典』医歯薬出版
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