●水屋 みずや
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[1]茶の湯において茶室に隣接し,茶事の準備,片付けをする小室。水遣,水舎とも書く。棚・物入・簀子流し(すのこながし)・炉などを備える。当初は縁側の一部などに設けられたが,やがて定形化し,江戸時代には茶道具を並べて客に見せる“水屋飾り”が行われるようになった。簡便なものとしては,移動することのできる置水屋,茶室の壁に造りつけられた宗旦好みの水屋洞庫(どうこ)などがある。[2]木曽川,利根川などの中下流の低湿地において,洪水のときの避難所とするために,盛土をして建てられた建物。緊急用の食料などを備えるためのもの。[3]社寺の境内にあって,参詣者が手や口をすすぎ浄めるための手水鉢を備えた建物。“手水舎(ちょうずや)”“水盤舎”ともいう。[4]江戸時代に,飲料水を運んで売り歩くことを職業とした人。江戸においては,神田・玉川上水の余り水を仕入れ,本所・深川の人々や廻船に売った。大坂でも淀川や大川などの水を水船で汲み,水桶を担って売り歩いた。
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