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●ミシュレ

ヨーロッパ フランス共和国 AD1798 第一共和政

 1798〜1874 フランスの歴史家。パリ生まれ。父は印刷業者。少年時代,父を手伝いながら勉学に励み,1819年に博士号を得,1827年,高等師範学校の歴史学教授となる。ヴィコの哲学の影響をうけ,同年歴史哲学原理を発表。国王シャルル10世からベリー公の娘の教育をまかされた。七月革命を機に王党的カトリック的立場を離れ自由主義に転じる。1831年,国立古文書館の歴史部長に,1834年,ソルボンヌ大学のギゾーの講座の代行人になり,1838年には道徳・政治哲学アカデミーに選ばれる。さらに,同年コレージュ=ド=フランスに選ばれてからは民主主義的・反教権的となり,講義においても,保守化したルイ=フィリップを批判した。そのあいだ,著作としては『ローマ史』(1831),ついで『フランス史』を書く(中世は1833〜43年,ルネサンスから革命は1855〜67年に刊行)。その手法は,過去を生々しく再現し詳細に描出することにあり,また,国や人物を倫理の象徴のように思わせるところに特徴があった。『フランス革命史』(1847〜53年刊)もその代表作である。二月革命を熱狂的に受け入れたが,そのまま研究生活を続けた。1852年,ナポレオン3世への誓約を拒否したことによって,公職追放となる。引退してのちは地方旅行をし,そのあいだに鳥や虫・海などの自然を観察し,著書にした。