●三島通庸 みしまみちつね
アジア 日本 AD1835 江戸時代
1835〜88(天保6〜明治21)明治時代の硬派内務官僚。薩摩藩士。倒幕派で戊辰戦争に参加。維新後,大久保利通内務卿の懐刀として活躍する。1874年(明治7),酒田県令となってワッパ騒動を鎮圧,1882年(明治15),福島県令となる。当時,同県の自由党は東北地方の重鎮であり,県会は河野広中ら自由党が多数を占めていた。三島は“火付け強盗と自由党とは,頭を抬げさせ申さず”と揚言し,県・郡吏,警察を腹心で固めた。在任中,会津三方道路工事の労役賦役をめぐって,福島自由党・農民と対立,福島事件をおこし弾圧を加えた。翌年,栃木県令を兼ね,河野広躰による暗殺計画で狙われ,これが加波山事件に発展する。1885年(明治18),中央に戻り警視総監につく。三大事件建白運動の高揚にさいしては,1887年(明治20),保安条例の執行を指揮,自由民権派570余名を東京より追放して,自由民権運動再興の動きを封じた。また国語学や「国の礎」をといている。