●ミコヤン
AD1895
1895〜1978 ソ連の政治家でボリシェヴィキ出身。チフリス(現在はアルメニア)の大工の子として生まれ,神学校を卒業した。1915年入党。バクーで革命運動に加わり,陥落に際して撤退せず活動を続けたため,クラスノヴォックでイギリス軍に逮捕された。このとき九死に一生を得て釈放されたが,その後もたびたび逮捕されるなかで闘争を続けた。1919年,モスクワで指令を受けコーカサスに戻り,アゼルバイジャン共産党第1回大会を組織した。コーカサスからニジニ=ヴゴロド(現在のゴーリキー),ロストフへと移り,1922年,北コーカサス地方党委員会書記として活躍した。第二次世界大戦中には軍に対する物資供給に尽力し大きく評価された。1946年,外国貿易相に就任。1955年から64年にかけて第1副首相をつとめ,1964年から65年には最高幹部会議議長(国家元首)となった。党中央委員をへて1974年には引退した。
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