●三木清 みききよし
アジア 日本 AD1897 明治時代
1897〜1945(明治30〜昭和20)哲学者。兵庫県生まれ。京大哲学科を卒業後,ドイツ・フランスに留学し,ハイデッガーから実在的な存在論を学ぶ。帰国(1925)後,唯物史観を人間学の側から基礎づけた『唯物史観と現代の意識』を表し,これが昭和初年の革命運動高揚期と相まって,多くの知識人に影響を与えた。その後,羽仁五郎と共同で雑誌「新興科学の旗の下に」を刊行,機関誌「プロレタリア科学」の編集委員長になる。1930年(昭和4),治安維持法違反のかどで起訴される。転向とファシズムの時代,哲学的ヒューマニズムの立場から多数の著書,論文を発表し,良識的な知識人の代表的なオピニオン=リーダーとして活躍する。戦時下に入って,彼は体制に身をおきながら,時代の方向を修正しようとして,近衛文麿の昭和研究会などにも参加する。この体制内反対派の危険な道は,敗戦の半年前に治安維持法で検挙されて崩れる。敗戦直後に獄中で病没した。