●三国 みくに
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福井県北部,九頭竜川河口にある坂井郡の町。古来より北陸の要津であった。足羽・大野・円生までを含む三国国造(くにのみやつこ)の支配地であったが,中世以後春日神社の坪江・河口両荘の輪出港として発展した。関税をめぐって長谷寺と興福寺のあいだでしばしば争われたほど税関収入が大きく,寄港船も多かったといわれる。江戸時代には福井藩の外港として重視され,丸岡藩もここに拠点を置いた。1699年(元禄12),戸数1,030,入港船1〜7月2,200,船問屋57。1725年(享保10),戸数1,080・人口5万3,000,遊女62。1864年(元治1),戸数1,580,人口6万4,000余。北陸第一の港と称された。加賀藩回米の輸送港としても重視されていた。1716〜36年(享保年間)大火のさいには1万8,000俵を焼いたほどだったという。明治以後は北陸本線の開通によってその機能を失い漁港として再生したが,近年は石油基地,商港復活のきざしもある。〔参考文献〕吉田東伍著『大日本地名辞書 第5巻北国・東国』1971,冨山房
印牧邦雄『福井県の歴史』1973,山川出版社
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