●三浦梅園 みうらばいえん
アジア 日本 AD1723 江戸時代
1723〜89(享保8〜寛政1)江戸中期の思想家。名は晋,字は安貞。号は梅園のほかに二子山人・洞山・東山居人など。国東半島の安岐谷富永村(現在の大分県安岐町)に生まれそこで生涯を送る。父祖伝来の医業を継ぐとともに豊後杵築藩士綾部絅斎や中津で塾を開いていた藤田敬所から儒学・詩文などを学んだ。20歳の時,簡天儀(天球儀)をつくるなど,年少のころから関心をもっていた自然現象の法則性に関する思索を独力で続け,宇宙の構造と人倫を貫く自然哲学的な体系を構築しようとしたところに,その思想的特徴がある。思索を重ねて,〈梅園三語〉といわれる『玄語』(哲学原理論にあたる),『贅語』(原理論の実際的展開),『敢語』(道徳論および経世策)はその集大成。また物価および貨幣についての書『価原』にはグレシャムの法則に通じる「悪幣盛ンニ行ハルレバ精金皆隠ル」の指摘があり,1905年(明治38),河上肇が紹介した。