●三池炭鉱 みいけたんこう
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福岡県大牟田市から熊本県荒尾市に渡る九州第1の炭鉱。1469年,稲荷山が発見されたと伝えられ,農民の自家用として採掘開始。18世紀以降,三池藩や柳川藩が経営。1873年,全山が官収され,御雇外国人により洋式技術を導入,囚人を使役して本格的に採炭。1888年,官業払い下げの一環として,三井・三菱の激しい競合の末,高価格で三井に払い下げられた。1892年以降,三井傘下のほかの鉄鉱山とともに三井鉱山合名会社に編入され,その主力炭鉱となる。囚人労働は廃止されたが,労働者の苦役労働的使用は永く残存した。第一次世界大戦後は化学・製造部門を拡充,大牟田は工業都市として成長。第二次世界大戦後は労働運動が活発化し,労働条件は改善されたが,石炭産業の斜陽化に伴い合理化が進行。1959〜60年には大量解雇をめぐる,いわゆる三池争議がおきた。その後,オートメーション化が進められたが,1963年,死者458名の戦後最大の爆発事故をおこした。