●マンデス=フランス
ヨーロッパ フランス共和国 AD1907 フランス共和国第三共和政
1907〜82 第四共和政下の1954年6月から翌55年2月まで首相を務めたフランスの政治家で財政専門家。わずか7カ月余の首相在任中に,フランスをディエン=ビエン=フーの歴史的敗北(1954年3月〜5月7日)など末期化したインドシナ戦争の泥沼から公約どおり1か月以内に撤収し,7月21日のジューネーブ協定による停戦を実現した。1932〜40年,急進社会党下院議員。ヴィシー政府に捕えられるも脱走して自由フランスに参加。戦後ド=ゴール政府の経済相となるが,緊縮財政案が受け入れられず辞任。1946年,以後下院議員として政府の無為無策を厳しく批判していた。首相としてインドシナ停戦実現のほか,1954年10月に調印されたパリ協定の批准をかちとり,また核開発を指示した。しかし1954年11月に始まったアルジェリア戦争への対応を契機に辞任に追い込まれた。1956年のモレ内閣に入閣,しかしアルジェリア抑圧に反対して辞任。ド=ゴールの第五共和国憲法に反対したが,秋の選挙では落選。1967,68年には統一社会党から下院に復帰。