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●満州重工業開発株式会社 まんしゅうじゅうこうぎょうかいはつかぶしきかいしゃ

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 日本の大陸政策の一環として満州国に設立された国策会社。満州国では,各種産業の拡充・地下資源の開発計画として,1933年(大同2),満州国経済建設要綱を公表したが,1937年(康徳4)より産業開発5カ年計画に着手した。その一環として重工業部門各社を統制連携させる総合経営が企図され,同年に特殊法人満州重工業開発株式会社が設立された。当初計画では,株式資本4億5000万円は日満民間の各等額出資とされたが,実際上,その主体となったものは日産コンツェルンであった。このように同社は基礎部門から製造部門までの一貫した総合経営を実施し,大量生産の確立をはかるものであった。このために,高度技術の必要性から,総裁鮎川義介はアメリカの資本・技術の導入を企図したが,日中戦争の長期化などによる国際情勢の悪化から実現をみることはできなかった。満州国の崩壊とともに解散された。