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●漫画 まんが

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 まず,マンガの概念の多義性について必要最小限の整理を行うところから始めよう。現在,日本の大衆文化のなかには,マンガ,漫画,コミックなどと呼ばれる作品群が存在するが,その性格はきわめて多義的であり,それらを統一する規定をつくることは,はなはだしく困難である。この多義性が生じた理由の一つは歴史的に考えられる。戦前期の日本の大衆文化には,すでに漫画と呼ばれる分野が存在していた。それに属する作品の本質の第1は,笑いを誘うおかしさである。これを以下では「おかしいマンガ」と呼ぶことにしよう。そこで確立された主題の措定の仕方,表現形式,技法などがある。戦前,それらを習得して制作を行ってきた作家たちの多くは,いまは第一線を退いているが,彼らの後に続く世代の作家たちが,戦後もたえまなく登場してきて,おかしいマンガ作品を制作し,発表している。その作品は戦後の風俗・社会意識の変化をさまざまに反映してはいるが,作品の本質がなによりもおかしさであるという点で,戦前期との連続性を持ち続けている。これに対して戦後,子どもむきのマンガの分野に手塚治虫を先駆けとする一群の作家たちが登場してき,おかしいマンガとでは,主題・表現・技法などで共通性よりは異質性がめだつマンガ作品を,制作・発表しはじめた。それらの作品の本質の第1は,物語性あるいはドラマである。これを以下では「物語性のマンガ」と呼ぶことにしよう。その典型は,一般にストーリー=マンガとか劇画とかいわれるものである。この種の作品をかく作家たちの制作活動は,のちに青年むき・成人むきのマンガ分野にもひろがり,彼らの後に続く作家たちをも産み出してゆく。マンガ雑誌の多くでは,この物語性のマンガがページ数のより大きい部分を占めている。もちろん,おかしいマンガといい,物語性のマンガといっても,以上のように規定されたのみでは,理念型に属する。現実にはそれらは傾向性としてのみ存在する。実際の作品は,それほど画然と区分されることはない。第一義的にはおかしいマンガであっても,多くは物語性の魅力をなにほどかはもっており,またストーリー=マンガなどであっても,笑いを誘うノンセンスの要素をもつものは珍しくもない。また,マンガ作家・マンガ作品のすでにみた二つのグループのあいだでの相互影響とみられる事実も数多くあげられる。しかし,それにもかかわらず,現代の日本のマンガにはこれら二通りの異質の傾向性が確かに存在しており,現実の作家と作品のほとんどすべては,二通りの異質のグループのどちらかに分類される。これらの異質性はマンガの,ある程度は具体的で統一的な規定を成立させない。それはマンガ文化をめぐる論議を混乱させたり,生産性が上がらないものにしている。おかしいマンガの現実態は戦前期から存在してきたということもあり,また,かなりの程度,文化的に諸外国にも存在してきたということもあり,その定義・理論は比較的よく整備されている。また,通念も一般にマンガをそのようなものとして考えがちである。この定義・理論・通念に基準を求めて物語性のマンガの現実態をながめると,最初に生じる認識は,それらはマンガのあるべき姿から遠く逸脱したもの,マンガの名を僣称するなにかであるというものである。その逸脱・僣称を理由にして,物語性のマンガは価値剥奪的文脈のなかで論じられがちである。しかし先に述べたように,マンガ雑誌のページ数のより大きい部分を占めているのは,物語性のマンガの現実態である。つまり現在のマンガ文化の盛況は,おかしいマンガよりは物語性のマンガによって,より多く支えられている。これは,1960年前後から現在にいたるまで一貫してそうであった。この事実を重くみる人々がいる。彼らは,物語性のマンガを多く載せる雑誌の編集者たち,その種の作品の作家たち,愛読者たちなどである。彼らは物語性のマンガの独自性を強調したいと考え,その呼び名としておかしいマンガを連想させがちな漫画という名称を敬遠して,コミックという名称をつかう。戦後の大衆文化コミックということばが一般化した経緯は,そのようなものであった。けれども,このコミックには和製英語の気味あいが強い。日本語と英語のバイリンギストで,日本とアメリカ合衆国の双方のマンガ事情に通じている人々によれば,日本語のマンガに正確に対応する英語の単語はないというべきである。マンガのいわば近似値を英語に求めるとすれば,カトゥーン,カリカチュア,コミック=ストリップなどを寄せ集めたものの総称とでもいうことになろう。しかし,それはあくまで近似値的なものにとどまる。なぜかというと,日本での物語性のマンガ,一般にストーリー=マンガ・劇画と呼ばれているものの英語の名称は,強いて求めればコミック=ストリップということになろう。しかし,日本のストーリー=マンガと,アメリカ合衆国のコミック=ストリップとでは,質的にあまり格差がありすぎる。前者には,大衆文化としてのそれなりの成熟がみられ,成人や知識階級に属する人々にも楽しまれる作品が含まれるが,後者にはそれはないのである。つまり,日本のマンガ文化の盛況をもたらしているその主要な分野に対応するものが,アメリカ合衆国には存在しないのである。それでは,マンガをコミックと言い換えることにも,物語性のマンガを主としてさしてコミックということにも無理があろう。それをあえてすれば,コミックという和製英語をつくることになる。もちろん,マンガの名称をどうするかということは第一義的な問題ではない。マンガは面白ければよいのであって,それがどう呼ばれるべきかはたいしたことではない。しかし,大衆文化としてのマンガについて多少,分析的な論議をしようということになれば,それが多義的なものであること,そのなかでは物語性のマンガがおかしいマンガより有力であることなどを前提として考えてゆきたいし,その際,伝統的なおかしいマンガを連想させがちな漫画という名称,古い皮袋をつかうことは避けたい。そうかといって,コミックという和製英語とみるほかはない名称も避けたい。そこで,すでにつかっているマンガという名称,新しい皮袋を用い,そこに現在の日本語でそのことばが意味する最も広い範囲のものを託したい。大衆文化の諸分野の一つとしてマンガを考える場合,その構成を明らかにするためには,マンガ作品それ自身と,それが発表されるメディアのほかに,享受主体としてのマンガ読者,製作主体としてのその作家,それらのあいだの媒介主体としての出版社・書店などを取り上げる必要がある。マンガ作品とメディアをまず考えよう。現在,マンガ文化が注目を集めるなによりもの理由は,マンガ作品が大量に生産され消費されているということであろう。これに従い作品の数も多くなる。領域の種類も増加してきており,それは読者層の拡大を示していると考えられる。その種類として一般にいわれているものの一部を試みに列挙すれば,主として予想される読者の世代によって,成人マンガ・青年マンガ・少年マンガ・少女マンガ・子どもマンガという区分がある。また作品の主題によって,政治マンガ・風俗マンガ・家庭マンガ・ナンセンスマンガ・ギャグマンガ・時代マンガ・戦争マンガ・SF マンガなどの区分もある。次に作品の形式によれば,1枚もの・4コマもの・8コマもの・多数のコマによるマンガという区分がある。先の分類とからめていえば,1枚もの・4コマもの・8コマもののほとんどはおかしいマンガであり,多数のコマによるマンガのほとんどは物語性のマンガである。また1枚もの・4コマもの・8コマものの多くは,成人マンガ・青年マンガに属し,少年マンガ・少女マンガ・子どもマンガではみられない。8コマもの,その変種としての7コマものは戦前期にはあまり例がなかった。これは伝統的な4コマものから,物語性のマンガの影響下に派生したものであろう。これらのマンガ作品が発表されるメディアは,主として雑誌とテレビである。雑誌の場合,現在の日本においてマンガ作品を主として掲載する週刊誌・月刊誌は100種を超えている。テレビでは,主として雑誌に発表され人気を集めている少年マンガ作品・少女マンガ作品が動画化され放映されることが多い。なお,マンガ作品のキャラクターが日用品に印刷される例もみられる。とくに人気が高い少年マンガ作品のキャラクターは,多くの子供むきの商品に印刷され購買意欲をあおっている。次に享受主体=読者についてはどうか。大量のマンガ作品が消費される条件の一つは,その読者が大衆的な規模で成立したことであろう。しかも,彼らはかつてよりも多くの時間をマンガ作品を読むこと,観ることに費している。子供はもちろん成人でも,主要な娯楽・読書の内容がマンガ作品の享受である人々が増加し,一般的になってきた。したがって職業・年齢・性などの社会的カテゴリー別にみて,その読者はまことにさまざまである。このとき留意点の一つは,マンガ作品がその領域によって,一応ある特定の社会的カテゴリーの読者を予想されていても,実際にはその他の読者を多くもつということである。とくに少年マンガではその傾向が際立ってみられ,人気が高い作品の大部分は多くの成人の読者をもっている。社会学的にいえば,児童文化の成人文化への浸透とでもいうべきであろうか。また心理学的にいえば,成人の人格構造の一部に見出される児童期への固着の表現と考えることもできる。それにしても,この大衆的規模でのひろがりをもつマンガ作品の読者は,なにによって成立したのか。その第1の理由としては,やはりテレビの視聴の日常化が考えられる。テレビにおいては,ニュースも思想も娯楽もすべて,動いていく画とことばとによる絵物語の形式をとる。このテレビを日常的に視聴している人々にとっては,コミュニケーションを受ける場合,最もなじみぶかい享受しやすい形式は絵物語である。そうしてマンガ作品の多くは,絵物語の性格を多かれ少なかれもっている。これが,大量のマンガ作品が消費されるようになった基本的条件であろう。媒介主体=出版社・書店などについて,さらに述べておきたい。マンガ作品の読者と作家とのあいだに入る媒介主体としては,出版社・印刷所・取次店・小売書店・貸本屋などがある。それらのうち前二者には,媒介主体の性格に合わせて制作主体の性格を見出すことができる。とくに,組織のレベルでのそれを個人のレベルで眺め直してみると,編集労働者・印刷労働者の労働には,マンガ作品の制作という機能が主要に認められる。しかし,それらを含んだ各組織の全体をまず媒介主体としてとらえておく理由は,それらの組織を貫徹しているのは資本の論理であり,それを前提にして編集労働や印刷労働も行われているからである。資本の論理は利潤の排他的追求であり,それは,マンガ作品とその作家とに二通りの影響を及ぼす。すなわちそれは,一方ではより多く購買される作品を求め,作家の才能を発見・育成し,作品の水準を高める。他方では,同じ動機からその才能を浪費・枯渇させ,作品の水準を落とすという事実もみられる。それは,人気が高い作品の連載がその延長の必然性がなくとも延長されたり,人気がある作家に乱作を強いたり,読者の卑俗な関心のみに媚る作品を大量に産出するという形で生じる。小売書店と貸本屋とでは,後者の方が取扱う商品のうちでマンガ作品が占めている比重が大きい。主として貸本屋に置かれる単行本形式のマンガ作品があり,それを主として執筆する作家たちがいる。そこから優れた作家と作品とが輩出した時期がかつてあり,貸本屋ブームなどともいわれたことがあるが,現在ではかつての勢威はみられない。制作主体=作家についてはどうか。すでにみてきたような状況は,多くのマンガ作家を必要とし,才能があるマンガ作家を必要とする。その必要はある程度充足されており,現在の日本社会には,かつてのどの時期よりも多くのマンガ作家,優れたマンガ作家が活動している。しかしその多くのマンガ作家のすべてが,優れたマンガ作家であるというわけではない。才能がある作家たちの不足と,それにもとづく酷使・過労は広く知られている。彼らの収入は増加し,社会的地位も高まってきた。なお,マンガ文化の制作主体については,このほかに3点ほどに注意しておきたい。その一つは,マンガプロダクションの問題である。それは分業によるマンガ作品の制作者集団である。とくに少年マンガの場合,その集団による制作は一般的であり,マンガ作家はその集団の代表者である。この事実を,芸術作品は個性の産物であるべきだという立場から否定的に評価する声もあるが,それは必ずしも当たっていない。たとえば映画作品は集団によって制作されるが,そこに監督の個性を発見することは困難ではない。そうして,ある作家の制作活動が充実しつつ継続するための条件として,そのプロダクションの機構の整備・強化がすでに考えられるようになってきている。いま一つは,マンガ作家と原作者との関係である。その古典的なありかたは,原作に対するパロディとしてのマンガ作品の制作にみられた。しかし最近の少年マンガ,なかんずく劇画の場合,原作者が物語を提供し,マンガ作家がこれを作品化するといった例が多くみられる。この両者の関係は,映画作品におけるシナリオ=ライターと監督の関係に類似している。最後の一つは,マンガ作家たちが成長してくる過程についてであるが,大学や職場,地域にマンガ作品の制作・研究をめざすサークル,同人組織が多く成立している。それから出た作家たちは少なくない。また少年マンガ・劇画の場合,著名作家のプロダクションで助手として働き力を養い,機会を得て登場してくるという例が多い。

 現在の日本における大衆文化のうち,マンガ文化の盛況は,はなはだしく目につきやすい特徴の一つである。基本的な事実としては,まずマンガ雑誌,マンガ単行本などマンガ=メディアの刊行部数は,この4,5年,年間で10億前後に達している。どのように少なく見積っても,年間に延べ10億人の日本人がマンガを読んでいるのである。1960年にはそれが3,000万たらずであったという記録が残っているから,約4半世紀のあいだのマンガ文化の量的な伸びは,3,000万から10億へと約言できる。これと対照的な動きをした大衆文化の一つは映画であろう。1960年は,日本で映画が年間の観客数で延べ10億以上を記録した最後の年であった。それから20年あまり,その数は1度の例外を除いて年々減少の一途をたどり,この2,3年は1,500万を割っている。同じ25年のあいだに,年間にそれに接する人々の延べ数が,マンガでは3,000万から10億になり,映画では10億から1,500万になった。これらの統計的な推移は,社会学的想像力をもってみれば,日本の大衆文化における劇的な変化,地すべり的な変化を示している。いまはマンガ文化に限っていえば,このメディアの刊行部数の量的増加を認識するところから始まる論議には,二つの基本的方向があろう。一つは,この量的変化に伴って,あるいはそれを原因として,マンガ文化にはどのような質的変化が生じたか。いま一つは,この量的変化は,25年間の日本の社会と日本人に生じた変化のどの部分を原因として進行したのか,それらについて以下のように考えておきたい。マンガ文化の主要な質的変化とそこに投影した社会心理は,次の4点に整理されよう。[1]まず1960年以降,少年マンガのストーリー=マンガで,時代の社会心理=闘争志向を反映する優れた作品群が産み出された。人物造型・物語づくり・表現技法などでめざましい進歩がみられ,劇画の合流がそれらを一層促進した。[2]1970年前後から,青年むけのストーリー=マンガの分野が新しく成立し,マンガ文化は子ども世代の枠の外部に踏み出していった。[3]同じころ,少女マンガは活況を呈しはじめ,やはり時代の社会心理=やさしさ志向を反映する優れた作品群を産み出しはじめた。[4]1980年前後になると,成人むきのストーリー=マンガで人生の機微を描き出す作品が多くかかれるようになり,マンガ文化の頂点は大衆文化として十分に成熟した。それは国民的娯楽の域に達した。このようなマンガ文化の成熟のすすみ方に対して,それへの社会的認知は,はなはだしく遅れている。もう1度,映画との事情比較をするなら,映画にはいまでも主要な新聞・雑誌によって定期的に批評記事が掲載され,全国規模の作品コンクールが行われている。マンガには,そういった機会がほとんどない。定期的な批評は皆無だし,コンクールはマンガ雑誌などの刊行元による,いわば内輪のものがほとんどである。マンガ文化は,いまや大衆文化の主役の一人となったのに,依然として,かつての傍役の時代の扱いを受けているのである。しかし,その社会的認知の進行を示唆する兆候が少なからず現れているのも事実である。まず,最初にいった延べ10億の読み手の出現自体が,その認知の基礎にある。マンガ文化大衆文化の有力な一環として評価する論議・主張はしだいに増えてきており,それへの偏見・蔑視は根強く残っているものの,確実に後退しつつある。ただ,マンガ文化の社会的認知がこのように進みはじめると,それ自体がマンガ文化に与える質的影響についても考える必要が出てくる。その認知は,マンガを大衆文化の裏通りから表通りに引張り出す。たとえていえば,マンガはいままでよりも「良い子」になることを求められるようになる。品位,良識,節度などが求められる。そのことが,マンガ文化をここまで成長させてきた活力,野性,反権威主義などを失わせることになりはしないか。マンガ文化は,成熟し認知されても,反抗のための牙や毒を持ち続けていなければならない。

 わが国においては,大衆文化の諸分野のなかでマンガ文化は,比喩的にいえば長い間傍役的存在であった。しかし現在,ようやく主役的存在に近づきつつある。それは,今後も多くの作品,優れた作品を産出するであろうという意味で,最も希望がかけられる分野の一つである。この判断を与える根拠は,まずなによりもすでにみた大量の読者の形成に求められる。資本主義社会の大衆文化の場合,大量の享受主体があり,大量の作品が販売されうる分野に,資本と才能とが集中する。もちろんこういうことは,低い水準のマンガ作品の氾濫を否定するものではない。その氾濫は,一般的にはマンガ作品の生産量の減少を招くこともあろう。しかし長期的展望のなかでみれば,その氾濫をいわば底辺としつつ,マンガ作品の全体はますます高いピラミッドになっていくであろう。この場合,先に指摘した現在の映画文化にみられるような停滞・衰退がマンガ文化にも生じる可能性があろうか。映画文化はテレビジョン文化と競合し,ひとまず敗退したものであった。マンガ文化でもそのような競合の相手が現れれば,先の可能性はないことはない。しかし,そのような相手がどういう形で現れるかということは,現在の段階では予測することができない。