●マレー人 マレーじん
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マレー人なる名称は,広狭両義に使われるが,広義のマレー人は,人種的にはモンゴロイドに属し,皮膚の色は黄褐色または褐色で,頭髪は直毛,頭型は長頭に近い中頭か短頭,鼻型は中鼻または広鼻を特徴とする。この広義のマレー人は,東南アジアおよび隣接する島嶼に広く分布しており,言語上はオーストロネシア語族(または,マラヨ=ポリネシア)語族に分類される。また,民族学上,原マレーと新マレーの二つに区分される場合も多い。原マレーの祖先は,新石器時代の前2500〜前1500年に中国南部の雲南省方面から来住したと推測されている。彼らは,やがて,太平洋を移動し,フィリピン,カリマンタン,スマトラ,スラウェシ,ニューギニア,さらにはマダガスカル島にまで広がっていった。この系統の民族は,スマトラのバタク族,スラウェシのトラジャ族,ルソン島のボントク族・イフガオ族,西マレーシアのジャクン族など多数にのぼる。新マレー人は,原マレーより後に来住した同系統の種族で,移動の過程で中国人,インド人,タイ人およびアラビア人などと混血し,主として海岸地域に居住している。マレー半島の狭義のマレー人,東マレーシアのブルネイ人・スル人,スマトラのアチェ人・ミナンカバウ人,スラウェシのブギ人・ジャワ人・バリ島民・フィリピン人など島嶼部東南アジアの大部分の民族が新マレーに属す。
狭義のマレー人は,自らをオラン=メラユ(マレー人の意)と呼ぶ人々をさすが,これらの人々は,スマトラ南部からマレー半島のクラ地狭まで広く分布し,また,ボルネオ沿岸ならびにスマトラとのあいだに散在する小島嶼・スルー諸島などにも居住している。さらに,マレーシアの法規定上のマレー人とは,マレー語を主たる言語とし,イスラーム教徒で,マレー人の慣習に従うものをいうから,この意味では,中国人・インド人もマレー人になることが可能である。事実,両者の混血もかなり進んでいる。1970年のセンサスによばれ,西マレーシア人口の53.2%,東マレーシア人口の12.3%(サラワクでは,18.7%,サバでは,2.8%)がマレー人である。
マレー半島におけるマレー人は,主として農村に住んでおり,都市では,中国人・インド人等の比重が高い。村落は,人口規模50〜1,000人で,河川と海岸のあいだや道路沿いに散在している。農村の住居は,地上1〜2.5m位の高床式で,切妻屋根を特徴としている。伝統的農業では水稲を主作物とする。主な換金作物としては,ゴム,ココヤシがある。そのほか,手工業も盛んで,織物や銀細工のような工芸品も高い水準にある。
伝統的なマレー人の社会には,貴族制があり,スルタンやラジャと姻戚関係にある貴族と庶民とのあいだには厳然とした身分区分があった。しかし,今日においては,村落住民は,原則的に貴族とは無関係であるし,議会そのほかの公的機関においても,貴族は,任命ないし選挙された公務員にその座を譲りつつある。とはいえ,マレー人の社会組織のさまざまな側面に,いまだに顕著な身分区別が認められることも事実である。
マレー人の文化は,タイ人・ジャワ人・スマトラ人など諸民族の強い影響を受けた混成文化である。歴史的には,ヒンドゥー文化の影響がきわめて大きく,15世紀にイスラームに改宗するまで大幅にヒンドゥー化されていた。ヒンドゥー文化の影響は,現在でもマレー人の礼儀作法・結婚式儀礼の一部・影絵芝居などに色濃くみられ,さまざまな国家の儀式の中にも生き残っている。15世紀に伝播されたイスラーム教は,イスラーム法の生活規定・慣習をマレー人の生活にもたらし,今日におよんでいる。イスラームの宗教的休日や断食斎戒の期間は守られているし,婚姻・離婚・相続・財産などの重要な生活規定にイスラーム教的要素が加えられている。そのほか,割礼・飲酒の禁・豚肉の禁などの掟も守られている。しかし,その反面,マレー人の宗教生活のなかには,イスラーム教以前の土着信仰の影響も多くみられる。種々の精霊や土地神に対する信仰がそれであり,その宗教的世界観は,原マレーのそれに類似している。とくに農村地域においては,病気の治療にあたって,祈祷師やシャーマンのような精霊と人との仲介者である呪医(ボモ)にたよることも少なくない。