●円山・四条派 まるやま・しじょうは
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江戸中期以降,京都を中心に栄えた日本画の流派で,円山応挙を祖とする円山派と呉春(ごしゅん・1752〜1811)を祖とする四条派の総称。写生画に新風をひらいた応挙の画風は,上方の新興市民階層の支持をうけて,子の応瑞(1766〜1829),弟子の長沢芦雪(ろせつ・1754〜99)・ゲンキ※注1※(1747〜79)・山口素絢(そけん・1759〜1818)らに受けつがれた。呉春は,与謝蕪村(よさぶそん)に俳諧と絵を学び,南画をよくした。蕪村の没後,呉春は応挙に近づき,応挙が立体表現の手法として工夫した“つけたて法”などを学び,円山派とは一味違った洒脱な画風をつくりあげた。この円山派分派ともいうべき呉春の系統を四条派と呼ぶのは,呉春が京都の四条東洞院に住み,弟子の多くが四条に住んだからである。弟子に弟の松村景文(1779〜1843)や岡本豊彦(1773〜1845)などがいる。円山・四条派は,近代日本画に大きな影響を与えた。
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