●マルコム=ハーン
アジア イラン・イスラム共和国 AD1833
1833〜1908 近代イランの改革思想家。イスファハサン南郊のアルメニア・キリスト教徒の居留地,ジョルファに生まれる。父の代にイスラームに改宗。1843年,パリに留学,英語・仏語・自然科学・工学・法律を学び,西洋思想の感化を受けた。1851年に帰国,カージァール朝の通訳官に任命され,同時にテヘランに開設された近代的な高等技芸学校“ダーロル=フォヌーン”で教鞭をとった。ヨーロッパ帰りの近代主義者として西欧化を主張し,1858年,フリーメーソンに倣った秘密結社“亡却の館”を結成した。しかし,ウラマーや保守的な政治家の糾弾を受け,1863年,イスタンブルに亡命した。かの地で駐イスタンブル大使セパフサーラールの知遇を得て政治的に復権し,1873年,ロンドン駐在代理大使に任命された。しかし1889年,富籤利権の譲渡にからんで再び失脚,以後はロンドンに居を構え,1890年からペルシア語新聞『カーヌーン』を発行,立憲制の必要を説いた。1898年,許されて駐ローマ大使に任命されたが,1908年,スイスのローザンヌで客死した。