●マルクス=アウレリウス=アントニヌス
ヨーロッパ イタリア共和国 AD121 ローマ帝政
121〜180 ローマ皇帝(在位161〜180)。五賢帝時代の最後の皇帝。ストア派の哲学者で著書にギリシア語で書いた『自省録』がある。ヒスパニアの貴族の子としてローマに生まれる。マルクス=コルネリウス=フロントなど当時の最も優れた学者たちによって修辞学・哲学などを学ぶ。ハドリアヌス帝に愛され,138年ルキウス=ウェルスとともにアントニヌス=ピウス帝の養子となる。140年,コンスルに就任,145年,従妹でアントニヌス=ピウス帝の娘ファウスティナと結婚する。147年〜161年,アントニヌス=ピウス帝の側近として働き,帝が没すると161年,ルキウス=ウェルスとともに帝位につく。治世のほとんどをパルティア人・ゲルマン人などとの戦争に忙殺され,180年,ドナウ河沿岸の陣中で病死したが,これまでの養子制度をやめて実子コンモドゥスを後継者に指名した。帝のゲルマン戦勝記念柱がローマのカピトリオ広場に現存する。帝の有名な『自省録』は,陣中などでその時々にギリシア語で書いたもので,哲学として体系づけられたものではないが,ストア哲学者としての思想や深い内省と人間愛にみちたものである。