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●マリー=ルイーズ

ヨーロッパ フランス共和国 AD1791 フランス革命

 1791〜1847 フランス,ナポレオン1世の2人目の皇后。神聖ローマ皇帝フランツ2世の娘であったが,神聖ローマがナポレオンにより解体されると,フランツ2世オーストリア皇帝(フランツ1世)として娘をナポレオンと政略結婚させた(1810)。一方ナポレオンにとっても,今や大陸の覇者として,カール大帝の後継者をもって任じていたから,名門ハプスブルク家との結合は,コルシカの成り上がり者的印象を払拭するためにも必要とされたのである。ナポレオンは不妊を理由にジョセフィーヌを離縁すると(1809),翌年4月,ルーブル宮殿でヴェルサイユの礼式にならった豪華な式を挙げた。マリー=ルイーズは1811年,男子(ナポレオン2世)を生んだが,ナポレオンのエルバ島配流後(1814),2世とともにオーストリアに帰った。そしてナイペルク伯と再婚したが,伯の死後,今度はボンベル伯と結婚した(1834)。なお,2世は21歳で夭逝した。