●マリウス
ヨーロッパ イタリア共和国 BC157
前157〜前86 ローマ共和政末期の軍人・政治家。中部イタリアのアルピヌゥム近くに生まれる。前134〜前133年,スキピオ(小)の指導下にヌマンティアに遠征し軍功をたて前122年財務官となる。前119年,護民官に選出されポプラレス(民衆派)に有利に選挙法を改正。前109年,メテルスの副官としてユグルタ戦争に従軍する。前107年,コンスルに選出されユグルタ戦争の指揮官に任命され兵制の改革を行った。つまり従来の中小土地所有者層を中心とした市民軍を国費によって武装した無産市民を中心とする職業軍人へと改革した。この改革により以後将軍と兵士の結びつきが強まり,軍隊の私兵化がすすんだ。前109年,ユグルタ戦争に勝利するが戦功をめぐってスラと対立する。前104年から連続4回コンスルに選出されテウトニ族やキンブリ族を破りゲルマンのイタリア侵入を防ぐ。前88年,コンスルに選出されたスラとミトラダテス戦争の指揮権をめぐって対立,ローマを武力占拠したスラから逃れてアフリカに渡る。前87年,スラの東方遠征中にキンナ=コルネリウスがコンスルに選出され,マリウスはローマに帰還し政敵を大殺戮した。前86年,7回目のコンスルに就任するが直後高齢のため病死した。