●間引 まびき
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生児の鼻や口を手で押えたりして,圧殺する風習。地方的な呼称にはオケエシモウス・オシカエス・モドスなど出生前の霊界へお返しする意味のものや,密生した作物を抜き取るのにたとえたり,シジミトリニヤル・ヨモギツミニヤルなど家に置かず,ほかへ移したという意味のいい方もある。間引は江戸時代以降,全国的に行われていたことが文献に多く示されている。佐藤信淵の『経済要録』には〈往々其児を養ふこと能はずして,密々此を殺害する者あり,奥羽及び関東諸国には殊に多し…〉とある。従来の研究では,近世中期以後人口の増加が停滞しつづけたのは,貧困を原因とした間引がその要因であるとされた。東北地方では年に6万〜7万人の生児が殺されたともいわれるが,堕胎との混同,病死との区別がついておらず実数は不明。江戸時代には幕府・各藩から悪弊として禁令などが出され,間引の様子を描いた絵馬もその説諭の一つと思われる。〔参考文献〕千葉徳爾・大津忠男『間引きと水子』1983,農文協