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●マニュファクチュア

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工場制手工業”などと訳され,手工業的技術にもとづく賃銀労働者の分業により組織された集居的工場経営であり,資本制生産の成立過程において,家内工業と工場工業との中間に位置する生産形態である。

【形成】家内工業においては,資本の統制が生産過程にまで及ぶが,それは散在した形態で運営されるのに対し,マニュファクチュアは,資本の統制が生産技術過程にまで及び,単一の工場に小工業者は集められ,賃銀労働者に転化して,協業をもって工業経営が組織される。しかし,蒸気機関や機械が導入されていない点で近代的な機械制大工業とは一線を画し,あくまで手工業段階にとどまる経営形態である。その形成過程はおもに2種の経路をとる。第1は,生産物の完成に必要な異種の独立手工業者が同一資本の下,一作業場に集結させられる場合である。たとえば,馬車製造業では,大工・指物師・鍛冶工・組立職人・塗絵師・硝子細工師などの独立手工業者が同一作業場に集められる。これにより相互の意思の疎通,情報交換が容易になり,生産の管理・組織化がいっそう向上する。第2は,同一または同種の手工業者が同じ資本により一作業場に集結させられる場合である。たとえば,針製造業では,これまで針製造に必要な作業をすべて一人で行ってきたが,これに分業原則が導入されて各手工業者間に作業が分化され,専門化される。いずれの場合も労働者は単独で一商品をつくる能力を失い,部分労働者に転化させられるが,その反面,専門的技術の熟練度は向上する。また,同時に同一場所で働くことにより計画的な共同労働・協業が可能となり,協業は個々の労働者の生産力の総和以上の生産力を生み出す。さらに労働用具の単純化や多様化は,独立した小工業や単純協業に比べていっそう生産力の増大を促すことになる。

【資本制への移行】このような労働および労働者の管理の増大につれて,労働者に対する資本の影響力・支配力が強化され,資本制への移行が顕著になってくる。一般に中世末から近代にかけてこのようなマニュファクチュア形態の経営組織が形成されていったと考えられるが,この形成の説明をめぐって従来相互に対立する二つの立場がある。一つは,マニュファクチュアおよび資本主義発達の推進力を貨幣経済あるいは商業の発達に求める立場である。これによればおもに遠隔地間商業の発展によって蓄積された商業資本は,やがて小生産者達を原料・労働手段の前貸や販路の独占などによって従属させ,問屋制商業資本に移行し,ついには小生産者の自立性を完全に奪い,産業資本に転化し,マニュファクチュアさらには機械制大工業へと移行することになる。商業−問屋制度−マニュファクチュアないし工場というように資本主義的経営形態の進化を説明しうるものである。もう一つは,封建制の解体のうちに形成されてくる中産的生産者層とその両極分解の進行という事実から資本主義発達の過程を解明する立場である。これによれば,封建制の内部における生産諸力の展開により新しい市場構造,すなわち局地的市場圏が創出され,そしてこの市場圏を基礎とする農村工業の展開と中産的生産者層の成立が,近代資本主義への起点であり,この社会層の分解,つまり資本=賃労働への両極分解が産業資本を生み出してゆくことになる。小ブルジョア的手工業−マニュファクチュア−工場制手工業,というような過程で説明するものである。このようなマニュファクチュアは,イギリスでは16世紀なかごろに出現した農村の織元のなかに見い出されるとされ,1770年代にいたる「本来的マニュファクチュア時代」のあいだに支配的にとられて工場制工業への転化を準備したといわれる。しかし,マニュファクチュアは技術的・形態的に未熟な基盤にあり,社会的な生産全体に深く浸透し,その構造を根底から変革するまでにはいたらず,都市および農村の伝統的な小工業形態と並存し,また問屋制度による前貸制支配によって補完されており,この意味で過渡的な段階にとどまった。