●松永尺五 まつながせきご
アジア 日本 AD1592 室町時代
1592〜1657(文禄1〜明暦3)江戸時代初期の朱子学派の儒者。京都出身。松永久秀の曽孫で貞徳の子。祖母は藤原惺窩の姉。幼少より惺窩について儒学を学び,四書五経に通じていた。18歳のとき豊臣秀頼に『大学』を講じた。1618年(元和4)『易』『春秋』の奥義を伝えられ,1628年(寛永5)西洞院二条南に「春秋館」を設けて教授した。1633年建仁寺で『大蔵経』を通覧して『一切経抜萃』『大海一滴』を著し,1637年堀川二条南に「講習堂」を,1648年(慶安1)には堺町御門前に「尺五堂」を開く。一時加賀前田侯に出仕した。門人は5,000人と称され,木下順庵・貝原益軒らが著名である。著書は上記のほか,『彝倫抄(いりんしょう)』『五経集注首書』『四書事文実録』『古文後集首書』など。林羅山と並称されたが,儒・仏・道に通じて排他的でなく惺窩の真の後継者である。詩文に巧みで,後年の京都における学術興隆の基礎をつくった人である。