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●松平定信 まつだいらさだのぶ

アジア 日本 AD1758 江戸時代

1758〜1829(宝暦8〜文政12)江戸時代後期の老中。8代将軍徳川吉宗の孫で田安宗武の3男。白河藩主松平定邦の養子となり1783年(天明3)家督を継ぐ。天明の飢饉により奥羽は死者も多かったが、白河では窮民の救済に成果をあげた。1787年(天明7)6月老中首座となり寛政の改革を断行した。寛政の改革は前代の田沼時代を批判して施行されたもので、農村復興政策・商業資本対策・文教政策を中心とし、これらのための支出の抑制や倹約令さらには風俗の粛正や出版の取締りなどを行った。異学の禁はよく知られ、とくに朱子学の振興につとめたが効果はあがらなかった。また、七分積金の法・物価調査・石川島人足寄場の設置なども行った。1793年(寛政5)老中を辞し、以後藩政につとめた。学者として優れ、多数の著作を残した。『花月草紙』『宇下人言』などが知られる。1829年5月13日没。法諡は守国院殿崇蓮社天誉保徳楽翁大居士。墓は江戸深川の霊岸寺。

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