●末期養子 まつごようし
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江戸時代の武家において,家督相続を目的として行われた養子制度の一つ。当主が重病危篤のとき急に願い出る養子のことで急養子ともいう。武家においては,家督相続は届け出によって嫡子たることを認知された男子であること,また御目見以上の身分の家であれば,主君に御目見を願って謁見を済ませておくことが原則として必要であり,これは養子においても同様であった。末期養子は事態の緊急性からこの手続きをへていないため,幕府は初めこれを認めなかったので,2代将軍秀忠・3代家光の時代に無嗣断絶の大名家が続出した。末期養子の禁は幕府にとっては大名統制の強力な一手段であったが,反面絶家により大量の牢人が発生し,由比正雪の乱などの牢人問題が大きな社会問題となった。このため幕府は1651年(慶安4)この禁をゆるめ,50歳以下の者に限り末期養子を認め,のちさらに17歳以上の条件が加わった。また50歳以上の末期養子についても1683年(天和3)の武家諸法度で,事情により許可されることとした。ただし,末期養子の認可のためには,本人の生存および養子出願が本人の意志であるか否かを確認するため,幕府役人が本人の病床にまで派遣されて真偽をただす判元見届の手続きが必要であった。