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●松江春次 まつえはるじ

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 1876〜1954(明治9〜昭和29)南洋興発株式会社社長。会津若松に生まれ,東京高等工業学校卒業後ルイジアナ大学に学び,マスター=オブ=サイエンスの称号を得て帰国後,わが国で初めて角砂糖の製造に成功する。台湾における製糖企業の経営に加わった後,1921年(大正10)南洋興発株式会社を創立,マリアナ諸島先発企業群の事業崩壊に伴う浮浪移民1,000名を救済し,サイパン製糖工場の建設を手始めとして,創業時の苦難を克服しながらマリアナ諸島における糖業を確立したほか,逐時,鉱業・水産・繊維,貿易と事業網を拡張し,10数社の傍系企業を擁して,わが国統治下のミクロネシア経済を支配するにいたった。

 同社は,太平洋戦争による施設の壊滅と,戦後の閉鎖機関指定により消滅し,再びよみがえることはなかったが,今なおサイパン島がラパン公園にきつ立する“シュガーキングの像”が松江の偉業を物語っている。しかし,松江の南方経営の真面目は,製糖事業を一つの手段とし,人口過密に悩む沖縄県および東北地方の疲弊農村を主とする地域の開拓移民を導入し,5万人に近い人口を抱擁して,わが国人口問題の解決に情熱を傾けた事蹟にある。