50音順    検 索

●松岡洋右 まつおかようすけ

アジア 日本 AD1880 明治時代

 1880〜1946(明治13〜昭和21)大正・昭和時代における外交官であり,政治家としても活躍した。山口県の生まれで,アメリカのオレゴン大学で学び,本人は英語を得意としていた。松岡は少年期において,廻船問屋であった家が没落した際に,渡米した。1904年(明治37)に帰国してから外交官となり,上海領事官補・関東都督府外事課長・外務書記官兼首相秘書官を歴任した。この間に,ロシアとアメリカに在勤し,ヴェルサイユ講和会議の全権随員・駐華総領事を命ぜられ,1921年(大正10)退官。1927年(昭和2)満鉄副総裁。1930年衆議院に当選。1932年国際連盟脱退臨時総会首席全権で総会退場。1935年満鉄総裁。1940年第2次近衛内閣外相で日独伊三国軍事同盟を締結。1941年日ソ中立条約を締結。これによって対米牽制を狙うも独ソ開戦で失敗。戦後A級戦犯で,公判中に病没した。