●マシュミ党 マシュミとう
アジア インドネシア共和国 AD
日本軍政下の1943年11月,インドネシアのイスラーム諸勢力を結集して結成されたインドネシア=イスラーム協議会を母体に,独立後,イスラーム系政党として組織された。マシュミはインドネシア=イスラーム協議会の略称である。マシュミ党は,オランダ植民地時代のイスラーム系諸政党やムハマディーアなどの近代派と,保守的イスラーム派の双方の勢力をふくみ,国民党・共産党とともに反オランダをスローガンにした政党であった。しかし,政権を担当していた1951年8月には,左翼大検挙を行ったりした。1952年に分裂し,保守的イスラーム派は,東部ジャワの保守層を中心に新政党ナフダトゥール=ウラマーを結成した。マシュミ党は外領,すなわちスマトラ・スラウェシなどに勢力をもち,1955年9月の第1回国会議員総選挙では,国民党についで第2位,20.9%の得票率で57人の議員を出した(全議員は257人)。1956年12月,1958年3月,スマトラとスラウェシで発生した軍事反乱に加担したという理由で,スカルノの大統領命令により,1960年9月,解散させられた。現在,旧マシュミ党派はインドネシア開発統一党(PPP)に吸収されている。