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●増田長盛 ましたながもり

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 1544〜1615(天文14〜元和1)安土桃山時代の武将。別称仁右衛門。右衛門尉・従四位下まで進む。増田は真下とかいたものもある。尾張の人で豊臣秀吉に仕え出世した。長束正家と豊臣氏の知行業務を司り,初め200石。1584年(天正12)小牧長久手の戦いに従軍,2万石増石。翌1587年には関戸の奉行,1590年小田原征伐に参加。その後,検地奉行をつとめ,文禄の役には朝鮮へ出動。伏見城工事の分担。1593年(文禄2)大和郡山20万石の領主,その後国内での慶長検地などをつとめている。関ケ原の戦いでは西軍に加盟し,兵3,000で大坂城留守居をつとめ,9月の大津攻城にも代理が参加,一面家康とよしみを通じたが,戦後所領を没収され,科料金1,900枚,銀5,000枚に処せられ9月25日高野山へ昇ったが,岩槻へ追放され,大坂城落城のとき,自殺を命ぜられている。その子盛次は大坂城へ入城を許されている。なお,豊臣政権下では五奉行の一人となり,政策官僚として重きをなした。