●正宗白鳥 まさむねはくちょう
アジア 日本 AD1879 明治時代
1879〜1962(明治12〜昭和37)小説家・劇作家・評論家。本名忠夫。岡山県和気郡穂浪村(現在,備前市)の旧家に生まれる。閑谷黌(しずたにこう)に学び,1896年(明治29)上京して東京専門学校(早大の前身)に入学,植村正久によって受洗し,内村鑑三の影響も受けた。1901年卒業後,早大出版部を経て読売新聞社に入り,1904年に処女作『寂寞』を発表,さらに『塵埃』(1907)により,はえぬきの自然主義作家として認められた。翌年の『何処へ』は日露戦争後の青年の生きる方向を問うた代表作であり,『入江のほとり』『牛部屋の臭ひ』など郷里に取材した作品も大正初期に書かれていて,次弟を描いた晩年の『今年の秋』(1959)もある。『人生の幸福』(1924)・『安土の春』(1926)など多くの戯曲もあり,評論にも『文壇人物評論』(1932)・『内村鑑三』(1949)などがある。〔参考文献〕兵藤正之助『正宗白鳥論』1968,勁草書房
山本健吉『正宗白鳥』1975,文藝春秋
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