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●マコーリー

ヨーロッパ 英国 AD1800 ハノーヴァー・ウィンザー朝

 1800〜59 イギリスの政治家・歴史家。ケンブリッジ大学トリニティ=カレッジ卒業後,1826年法廷弁護士。1825年にホイッグの代弁機関である「エディンバラ=レヴュー」誌にミルトン論を発表して以来20年間同誌に寄稿しつづけた。1830年ホイッグ党員として庶民院議員になり雄弁をもって知られる。1832年の選挙法改正に尽力し,また同年インド監督局委員,1834年インド最高会議員としてインドに渡り,インドの教育の基礎を確立するとともにインド刑法典の起草に参画するなどインド問題の専門家として大きな足跡を残した。帰国後メルバーン内閣の陸相(1839〜41)・ラッセル内閣の支払総監(1846〜47)をへて,1849年グラスゴー大学総長となった。1839年に執筆を開始した『イングランド史5巻』(1848〜61)は,ホイッグ史観に立脚する最初の体系的な歴史書で,ヴィクトリア朝の繁栄を背景にし,それを生み出したのはホイッグだという自信のもとに書かれた。進歩の理念,議会政治と市民的自由に寄せた熱烈な信念に貫かれた力強い文体によるその歴史叙述は以後長くイギリスの正統史として受け入れられた。

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