●マクマホン宣言 マクマホンせんげん
ヨーロッパ 英国 AD1915 ハノーヴァー・ウィンザー朝
第一次世界大戦中の1915年10月,イギリスがメッカのシャリフ,フサインに伝えた西アジアのアラブ人地域に建設される独立国家を終戦後承認する旨の約束。保護領エジプト駐在の高等弁務官マクマホンからの密書の形式をとった。アラビア半島に加えてアレッポ-ダマスカス線以西を除くパレスチナ・シリアが含まれている。1916年6月フサインは独立宣言を発し,オスマン=トルコ帝国に抗して反乱軍を北上させた。同盟国側のトルコに打撃を与え,シナイからパレスチナへの進軍を容易にしようとするイギリスの狙いがあったとされる。英仏露協商側のトルコ分割計画は別内容で進行しており(1916年5月,サイクス=ピコ協定),加えてイギリスは1917年11月,ユダヤ人のシオニズム運動を支持するバルフォア宣言を発したためアラブ世界に強い衝撃を与えた。これら矛盾した政策は,現在までつづくパレスチナ問題の一因となっている。