●マグナ=カルタ
ヨーロッパ 英国 AD1215 プランタジネット朝
1215年 イギリス王ジョンの悪政に対し,貴族が団結して王に迫り,承認させた特許状。貴族らの特権を認めたにすぎないが,法による支配を明文化したものとして,イギリス憲法の初めとされる。【成立の経緯】ジョン王(在位1199〜1216)はフランス王フィリップ2世と争ってフランス内所領を失い,教皇インノケンティウス3世と対立して屈服するなど失政が多く,そのうえ,国内では法や封建的慣習を無視して国民に重い負担を課するなどの暴政を行った。そのため国民各層の不満が強かったが,王がフランスとの戦争を再開するため,貴族に軍役や代納金を課したのを機に,貴族たちは同盟して王への忠誠を破棄し,要求を拒否すれば武力を行使することを決めた。ロンドン市民もこれに同調し,孤立化した王は,1215年「貴族たちの条項」に調印し,これを基礎に討論が行われた末,マグナ=カルタが成立した。
【内容】マグナ=カルタは前文と63条の条文より成る。原文は箇条に分けたり,番号を付すことはされておらず,必要な条項が無秩序に列記されているにすぎない。今日その内容は次のように分類・整理されている。[1]教会における選挙の自由,[2]封建的負担の制限,[3]不当な裁判・逮捕・財産没収・追放などの禁止,[4]都市の特権と自由,[5]地方官の職務乱用防止,[6]猟林に関する規定,[7]当面の苦情処理,[8]結び。条項中,有名なもの二つを引用しておく。〈(12条)軍役代納金または御用金は,朕の王国の全般的諮問によるものでなければ,朕の王国においてこれを課することはない。ただし,朕の身体を受け戻し,朕の長男を騎士とし,朕の長女を初めて嫁がしめる場合はこの限りでない。しかし,これらの場合にも,正当な御用金でなければこれを課さない。ロンドン市の御用金についても同様に行われる。(39条)いかなる自由人も,その同身分者の合法的裁判により,また国法によるのほか,逮捕され,監禁され,または不動産占有を侵奪され,または法の保護を奪われ,または追放され,またはいかなる方法によっても侵害されることなく,また朕が彼に対して自ら立ち向うこともなく,また彼に対して軍を遣わすこともない〉。
【特色と意義】マグナ=カルタは,権利請願(1628)・権利章典(1689)とともに,イギリス憲政史上の最重要文書と評価され,イギリス根本法の主要原理を成文化したものとされてきた。しかし,それは封建社会において従来慣習的に認められてきた貴族の権利を,封建的原則にもとづいて王に確認させ,王の独断を防止したものであり,国民一般の自由と権利を規定したものではない。したがって,今日ではマグナ=カルタ自体は封建制度の枠内における封建的文書にすぎないと考えられている。だが,そのなかには教会や市民の権利に関する規定も含まれており,また,後世のイギリス人がこれを王の圧政に対する国民の主張と解し,立憲政樹立の戦いのよりどころとしたことを忘れるわけにはいかない。とくに上に引用した12条・39条は,17世紀の王と議会の闘争のなかで議会側の重要な武器となり,権利請願の中核として再生したことはよく知られる。マグナ=カルタを過大評価することは誤りだが,これによって法の支配の原則が確立され,諸条項は後世に活用され,イギリス憲政史上重要な役割を果たしたことは,十分に評価する必要があろう。