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●間切り まぎり

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 薩摩侵入(1609,慶長14)以前の古琉球の時代から1907年(明治40)まで存続した沖縄独自の行政区画単位。「間」は場所,「切」は区画の意味に解される。それぞれ一定の地域的個性が認められること,本来は按司に支配される小政治圏をなしていたとみられることなどにより,王府によって行政区画として編成される以前にすでに地域的単位として存在していたと考えられている。琉球王府時代の地域支配は間切・村(古琉球時代はシマ)を通じて行われた。間切はいくつかの村が集合した単位で,古琉球時代には按司や大やくもい,近世に入ってからは両総地頭によって領有された。各間切には番所(久米島・宮古・八重山では蔵元と称し機構が異なる。また宮古・八重山の場合は間切単位ではなく島全体で一つの蔵元が置かれた)という役所があり,地頭代以下の捌理(さばくり)と呼ばれる地元出身の役人が詰めて行政にあたった。近世初期には,間切新設・間切区分の変更,村々の新設・分立・移動が大規模に行われ,沖縄本島では17世紀後半に35間切体制が確立する。1908年(明治41)実施の沖縄県及島嶼町村制によって間切は町村に改称された。