●真木保臣 まきやすおみ
アジア 日本 AD1813 江戸時代
1813〜64(文化10〜元治1)幕末尊王倒幕運動の指導者。久留米水天宮第22代宮司,従五位下和泉守と称す。1844年(弘化元)水戸に遊学して会沢正志斎の教えをうけ,帰藩後,久留米藩内に天保学連を結成,1852年(嘉永5)藩政改革を企てたが失敗し,城外3里の地水田に蟄居を命ぜられる。1862年(文久2)脱藩して鹿児島へ走り,ついで上京したが寺田屋の変にあい,再び久留米藩に拘禁される。翌年,長州藩その他の尽力で解放され上京,倒幕運動を画策したが,8月18日政変により三条実美以下七卿と長州退去。翌年倒幕・王政復古を究極の目的に長州軍とともに率兵上京,禁門の変(蛤御門の変)となったが敗れ,山崎天王山にて諸藩出身の浪士16名と自刃した。〔参考文献〕顕彰会編『真木和泉守遺文』1913,伯爵有馬家修史所
宇高浩『真木和泉守』1934,菊竹金文堂
山口宗之『真木和泉』1973,吉川弘文館