●牧野伸顕 まきののぶあき
アジア 日本 AD1861 江戸時代
1861〜1949(文久1〜昭和24)明治・大正・昭和3代の政治家。大久保利通の次男。牧野家を継ぐ。岩倉使節団に加わって1871年(明治4)11歳で渡米留学,1880年外務省に入りロンドンに行き,伊藤博文に知られる。福井・茨城県知事,文部次官,イタリア・オーストリア各国公使を経て1905年第1次西園寺内閣の文相となる。政友会と近く,第2次西園寺内閣農商務相,第1次山本内閣外相を歴任。寺内内閣の設けた臨時外交調査委員会委員としては,原敬とともにシベリア出兵に反対した。パリ講和会議では次席全権として西園寺を助け,1921年(大正10)宮内大臣,1925年内大臣に就任,同年伯爵。以後元老西園寺を背景に宮中の実権を握ったが,満州事変以後,軍部・右翼の攻撃目標となり,1935年(昭和10)その地位を斎藤実に譲った。二・二六事件で襲撃を受け,辛うじて難を免れたあと隠退生活を送る。吉田茂はその娘婿にあたる。著書として『松濤閑談』『回顧録』がある。〔参考文献〕下園佐吉『牧野伸顕伯』1940