●マカートニー
ヨーロッパ 英国 AD1737 ハノーヴァー・ウィンザー朝
1737〜1806 イギリスの外交官・植民地行政官。アイルランドのベルファストに生まれ,ダブリンのトリニティー=カレッジを卒業。1764年,ロシアとの通商条約締結のためペテルブルク駐在公使を勤め,その後1769年にアイルランド下院に入る。つづいてイギリス領カリブ諸島植民地知事・インドのマドラス知事(1780〜86)を歴任した。1789年にはアイルランド上院議員となり,1792年には伯爵の位を授けられた。当時イギリスでは,対中国貿易の改善が課題で,カスカートをイギリス最初の中国使節として任命した。ところが,中国を目前にして船上で病死したので,1791年マカートニーが改めて使節に起用された。彼は翌年本国を出帆して中国に赴き,イギリス最初の使節として歓迎された。しかし,資格は「英吉利貢使」であり,あくまで朝貢使節として扱われた。これに対して彼は,三跪九叩の礼を拒絶し通した。しかし,通商改善の目的を達することはできなかった。