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●馬王堆 まおうたい

アジア 中華人民共和国 AD 

 中国,湖南省長沙市郊外の五里牌にあり,市の中心部より東へ約4kmにある長沙市郊東屯渡公社に属す。周囲の地勢は平坦で交通の便が良く,揚子江以南では古くから発達した地域である。この古墓は五代時代の馬殷一族の墓と伝えられて馬王堆といわれた。また墓の形状から馬鞍堆と呼ばれたこともあったが,現在は馬王堆と称されている。1972年(民国61)に1号漢墓が,1973年(民国62)に2・3号漢墓が発掘された。出土文物から墓主は前漢初期の長沙王の宰相であったダイコウ※注1※利蒼夫婦とその息子の墓であることが判明した。1号墓の50歳前後の遺体はその外形が完全で皮膚には弾力があって生きているようであったという。随葬器物で注目されたのは1・3号墓の内棺にかけてあった帛画である。さらに重要なことは『老子』『易経』『戦国策』・天文星占書・相馬書・地図などの多数の帛書が3号墓(息子)から出土したことである。これらは古代の思想や学問研究に貴重な資料を提供した。竹簡が1・3号墓から出土したが,医書を除くと随葬品目・数量を書いた副葬品のリストで遺策と呼ばれる。遺策は出土品の照合やその実体の具体的な把握を容易にした。そのほかに精緻な漆器・絹織物・兵器などが出土したが,3号墓の漆器の質量は1号墓をしのいで注目された。また2号墓の「長沙丞相」「軟侯之印」「利蒼」の3印は墓主を,そして辺箱の竹笥の中味は当時の食生活や経済生活を,明らかにする上で貴重な資料を提供した。

〔参考文献〕湖南省博物館・中国科学院考古研究所編『長沙馬王堆一号漢墓』上下,1973,文物出版社

関野雄他訳『長沙馬王堆一号漢墓』1976,平凡社

湖南省博物館・中国科学院考古研究所編「長沙馬王堆二・三号漢墓発掘簡報」文物1974−7,1974

馬王堆漢墓帛書整理小組『馬王堆漢墓帛書(壱)』1974,文物出版社

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