●前野良沢 まえのりょうたく
アジア 日本 AD1723 江戸時代
1723〜1803(享保8〜享和3)江戸中期の蘭学者・蘭方医。名は熹(よみす),字は子悦,楽山また蘭化と号した。良沢は通称,本姓は谷口。中津藩医前野東元の養嗣子となる。古方派の淀藩医で伯父の宮田全沢に感化をうけた。1769年(明和6)青木昆陽からオランダ語を学ぶ。翌年長崎へ遊学,阿蘭陀通詞に学び,オランダ語の字書や解剖書を求めて江戸に帰った。1771年(明和8)の春,江戸の小塚原における死刑囚の腑分けを杉田玄白・中川淳庵らと参観,オランダの解剖書『ターヘル・アナトミア』の正確さに驚嘆,同志とともに同書の会読に従事した。その成果は1774年(安永3)に刊行された『解体新書』に結実している。ただし,同書には良沢の名は記載されていない。拒絶したためである。事業成就後は会読同志と疎遠になり,オランダ語学書・世界地理書などの著訳に従事した。門人に大槻玄沢・江馬蘭斎らがいる。〔参考文献〕岩崎克己『前野蘭化』
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