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●マウリド

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 イスラームにおけるマウリド(降誕祭)はコーランにもハディースにも準拠していないので神学的にみて肯定的ではない。このためイスラームの2大大祭(犠牲祭断食明けの祭)に比べれば一般の関心は薄い。マウリドには,[1]預言者ムハンマドのマウリド(イスラーム暦ラビーウアウワル月の12日)と,[2]地方的聖者達のマウリド(スンナ派とシーア派)がある。[1]はシーア派のファーティマ朝(909〜1171)が同朝の系譜の正統性の証を強調するために宗教的祭日の一つとして導入したことが最初である。しかし次のスンナ派王朝(アユーブ朝)の成立によっていったん廃止されたが同朝のイルビール地方(イラク)の領主によって復活された。以来イスラーム圏各地で国民的祭日の一つとなった。この日エジプトでは祭りの終了後は食べられてしまう砂糖菓子人形(花嫁やラクダや馬など)が売り出されて賑わうが,この際預言者の美徳や奇跡をたたえる詩が吟じられ,彼の生涯が鳴物入りで多少紛飾を加えて語られる。[2]は商業主義と結びついて地方最大の縁日となる。この日聖者廟の所在地としての地方都市は近郊の農村から人を集めて賑わい大繁盛する。マウリドの期日は農繁期を避けてヘジラ暦(太陰暦)によらず地方の農事暦コプト暦など)によって決められる。