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●ポンペイウス

ヨーロッパ イタリア共和国 BC106 

 前106〜前48 ローマ共和政末期の政治家・将軍。ローマの中流貴族の家に生まれる。前83年オプティマテス閥族派)のスラが東方から帰還しマリウス派と対立した際,ポンペイウスは私兵を率いてスラに勝利をもたらしスラからマグヌス(偉大な)と呼ばれた。前77年プロコンスルとしてレピドゥス討伐の指揮権を得,前71年スペインのセルトリウスの征討やスパルタクスの反乱の鎮圧に成功する。前70年クラッススとともにコンスルに就任しポプラレス(民衆派)として護民官の権限を回復させる。前67年海賊討伐の指揮権を与えられ1年たらずのうちに海賊を一掃。前66年東方における指揮権を与えられミトラダテスを破り,シリア・アジアなども征しこの地に強力な支持基盤を築く。前60年これまでの戦果を国家に承認してもらうためクラッススカエサル第1回三頭政治を成立させた。前55年再度コンスルになる。前54年カエサルの娘でポンペイウスの妻ユリアが死に前53年クラッススパルティアとの戦いで戦死するとカエサルとポンペイウスの対立が激化し,ポンペイウスと元老院の結びつきが強まった。前52年ポプラレス(民衆派)のカエサルの独裁的傾向を恐れた元老院に支持されて,先例のない単独のコンスルに任ぜられオプティマテスの中心となる。前49年ルビコン川を渡河してローマを占領したカエサルとバルカン半島で東方の勢力を結集して戦う。前48年ファルサロスの戦いカエサルに破れエジプトに逃れるが,プトレマイオス13世の命により暗殺された。