●ポンペイ
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ヴェスヴィオス火山の南東山麓,ナポリ湾に面したローマ時代の都市の名。最初スキオ人が住んでいたが前5世紀ごろエトルリア人・サムニウム人が支配。前2世紀中ごろギリシア人の支配下に入りヘレニズムの影響を受ける。同盟市戦争のときスラに対抗するがローマ支配下に入りローマ化が進んだ。前79年8月ヴェスヴィオス火山の大噴火によりヘルクラネウム・スタビアエなどの都市と一緒に火山灰に埋没。中世にはその存在が忘れられていたが,1748年偶然発見されて以後発掘調査がつづけられている。フォルムを中心に市役所・市会議所・公会堂・選挙場などの公共建築物,ユピテル神殿・アポロ神殿・公共浴場・劇場などが発掘されている。道路は石で舗装され,水道はほとんどの家にひかれている。噴火で埋没するまでは農業・商業都市として繁栄し,商人・職人・無産市民らが多数住み貴族の別荘もあった。当時のローマ市民の日常生活がよくうかがわれる貴重な遺跡である。